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東京地方裁判所 平成元年(ワ)6199号 判決

主文

一  本訴原告の請求をいずれも棄却する。

二  反訴被告は、反訴原告らに対し、別紙物件目録記載の各土地について、反訴原告らの持分各一〇分の一に対応する真正な登記名義を登記原因とする所有権(共有持分権)移転登記手続をせよ。

三  訴訟費用は、本訴・反訴を通じ本訴原告・反訴被告の負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の請求

一  本訴原告の本訴請求

本訴被告らは、本訴原告に対し、別紙物件目録記載の各土地について、千葉地方法務局野田出張所昭和三八年五月一五日受付第一七三六号順位二番の所有権移転仮登記(本訴被告らの持分各一〇分の一)の抹消登記手続をせよ。

二  反訴原告らの反訴請求

主文二項と同じ。

第二  当事者の主張

(以下においては、本訴原告・反訴被告を単に「原告」、本訴被告・反訴原告らを単に「被告ら」という。)

一  争いのない事実

1  別紙物件目録記載の各土地(以下「本件土地」という。)は、以前原告の先代間中彦一の所有であったが、彦一は、昭和三八年五月一三日、山本豊作との間で農地法五条所定の許可があったときに所有権が移転する条件で本件土地を売り渡す契約を締結した。そして、山本は、右契約に基づき、本件土地について前記第一(当事者の請求)の一記載の仮登記(以下「本件仮登記」という。)を経由した。

2  被告らは、昭和四二年三月一八日、山本から本件土地の売買契約上の買主の地位を譲り受け、本件土地について千葉地方法務局野田出張所同月二〇日受付第一四九一号をもってその旨の条件付所有権移転の付記登記をした。

3  彦一は、昭和四九年一〇月二一日に死亡し、その相続人である原告が、同日付け相続を原因として、本件土地について、千葉地方法務局野田出張所昭和五〇年一月一四日受付第三二六号をもって所有権移転登記を経由している。

二  原告の主張

1  原告は、本訴において、被告らの原告先代に対する本件土地についての農地法五条の規定による許可申請協力請求権は、昭和四八年五月一四日の経過により売買契約から一〇年を経過して時効消滅したとして、本件仮登記の抹消登記手続を求めている。

2  そして、原告は、被告らの所有権取得の主張を争い、次のとおり主張している。

(一) 本件土地が含まれる野田市岩名字台山一帯の地域は、昭和四五年現行都市計画法七条一項の市街化調整区域に指定され、現在でも同様である。現在、同地域は、野菜畑、栗畑の中に人家が点在している状況である。

(二) 被告らは、右地域が市街化調整区域に指定された後の昭和四六年頃以降に本件土地に楓を植えたが、この楓は庭木または街路樹用のもので、植えられてから数年間は本件土地は苗木畑の状態であった。そして、現在でも、本件土地の地目が恒久的に山林化(非農地化)したものとはいえない。

(三) 仮に、被告らが楓を植えたことにより本件土地が非農地化したとしても、その非農地化はもっぱら被告らの責めに帰すべき事由によるものであるから、非農地化を理由に本件土地の所有権移転の効力は生じない。

被告らは家屋を建築する目的で本件土地を買受けたものであるところ、本件土地が市街化調整区域に指定されている関係上、被告らが有効に所有権移転を受けるには、都市計画法二九条の開発行為の許可及び農地法五条の転用の許可を受ける必要がある。しかし、被告らはこれらの許可条件を備えていないから、被告らは、都市計画法施行後は事実上本件土地の所有権を確定的に取得できない状態となっているのである。

(四) 被告らは、時効取得を主張するが、本件土地は農地法五条の許可を得なければ所有権を取得できないのであるから、被告らには所有の意思がなかったというべきである。

三  被告らの主張

1  被告らは、本訴については、山本が彦一と契約をした当時、または被告らが山本と契約をした当時には本件土地は既に現況が非農地であり、そうでなくとも原告が時効消滅を主張する昭和四八年五月一四日までには本件土地は現況が非農地となったから、農地法五条の許可は不要となり、非農地となった段階で本件土地の所有権を取得したとし、予備的には、本件土地を農地として時効取得したとして、原告の本訴請求を争っている。

そして、反訴において、被告らは、右のとおり本件土地の所有権(各一〇分の一の持分権)を取得したとして、「真正な登記名義の回復」を原因とする所有権(共有持分権)の移転登記手続を求めている。

2  そして、被告らは、本件土地の所有権取得について、次のとおり主張している。

(一) 本件土地は、彦一が自作農創設特別措置法により売り渡しを受けたもののようであるが、彦一は会社員であり、山本に売却する数年前から本件土地を荒地として放置していた。そして、昭和三五年五月頃農業適格者でない山本に対し、本件土地を売却して引き渡した。山本は、本件土地を荒地のまま放置し、昭和四二年三月これを被告らに売却した。被告らは、代金を全額支払って本件土地の引渡しを受け、その直後に本件土地全部にくまなく整然と楓の木を植えた。

(二) このように、彦一が山本に売却した時点で既に本件土地は現況が非農地であった。そうでなくとも、山本が占有してした時代、ないし被告らに転売し、被告らが楓を植林した時においては、本件土地は非農地となっていたものである。

彦一は、本件土地を耕作しないで放置していたうえ、これを山本に売却して代金全額を受領し、確定的に非農地として利用されていくことを承知のうえで本件土地を同人に引き渡したものであるから、彦一または原告は、以後の本件土地の利用について何ら苦情をいう立場にない。

なお、現況が農地か非農地かという判断は、都市計画法の市街化調整区域内の開発行為の許可・宅地造成の許可等とは何ら矛盾しない。

(三) (時効取得)

被告らは、予備的に本件土地の時効取得を主張する。すなわち、被告らは、昭和四二年三月頃代金全額を支払って本件土地を買い受け、同時にその引渡しを受けた。そして直ちに楓の木を植林して以来今日まで平穏公然に所有の意思をもって占有してきた。そして、買受け当時の本件土地の状況からして、占有の始めに善意かつ無過失であった。したがって、一〇年または二〇年の経過により本件土地を時効取得した。

第三  当裁判所の判断

理由

一  証拠(〈省略〉)によれば、次の事実を認めることができる。

1  本件土地は、彦一が自創法四一条の規定により売渡しを受けた土地である。彦一は、会社員であったが、家族と共に多少の田や畑(本件土地合計約二反、その他合計約六反)を耕作していた。しかし、自己所有の農地は本件土地だけで、他はすべて借地であった。

2  彦一は、昭和三八年五月頃、金が入り用になり、唯一の自己所有の農地であった本件土地を山本豊作(東京都足立区在住)に売り渡す契約を結び、代金全額を受領した。山本は、農業に従事する者ではなく、本件土地の売買契約は、同土地を非農地として扱ったものであった。彦一は、この売買契約につき農地法五条の許可申請及び許可を経ることなく、山本に本件土地を引き渡し、以後山本は同土地を占有するに至った。なお、登記については、昭和三八年五月一三日停止条件付売買契約(農地法第五条の規定による許可があった時は所有権が移転する)を原因とする本件仮登記がなされた。

3  右売買契約後は、山本は本件土地を農地として利用せず、また農地の地質を維持するための肥培管理などを一切行わないで放置したため、本件土地は、雑草が生え、次第に荒地の様相を呈するようになった。なお、本件土地の一部に、造園業者が庭木を植えていたことがあった。

4  被告らは、昭和四二年頃、野田市の不動産会社の仲介で本件土地を紹介された。同会社によれば、しばらくすると宅地として使用できるようになるという話であり、現地を見たところ、本件土地は雑草の生えた野原で耕作された様子もないことから、被告らは同会社の話を信用し、将来は宅地として利用するつもりで、代金総額約三七〇万円で本件土地を買い受ける契約をした。そして、被告らは代金全額を支払って、本件土地の引渡しを受けた。登記については、各持分一〇分の一の割合で、昭和四二年三月一八日譲渡を原因として本件仮登記につき条件付所有権移転の付記登記がなされた。

5  被告らは、本件土地に雑草が繁茂するので困っていたところ、仲介の不動産会社から木を植えるといいと聞かされ、本件土地が登記簿上は畑ですぐには本登記ができない状態だったこともあって、売買契約から二、三か月後に、植木屋に依頼して楓の木を本件土地の全面に渡って植林した。

この楓は、現在では七、八メートルの高さになり、本件土地は鬱蒼とした楓の林の様相を呈している。

6  彦一が本件土地を山本に売り渡す契約をした以後、今日に至るまで、彦一または原告から山本または被告らに対し、本件土地の占有使用に対する異議や、返還の申入れなどがなされたことはない。

7  昭和四五年、本件土地が含まれる野田市岩名字台山一帯の土地は、都市計画法七条一項の市街化調整区域に指定され、本件土地は現在も同区域内にある。同区域内は、農地の中に人家が点在している状態である。ただ、本件土地の北側の道路を挟んだ反対側は、現在は市街化区域に指定され、住宅が立ち並んでいる状況である。

二  そこで、被告らが農地法五条の許可がないにもかかわらず本件土地の所有権を取得したかどうかについて判断する。

1  右一の1の事実によれば、本件土地は、彦一が山本と売買契約を結んだ当時は農地(畑)であったと認められる。

しかし、右一の2~5にみたとおり、本件土地は山本に占有が移った後農地として管理されることのないまま放置され、雑草の繁茂する野原と化して次第に農地性を失い、被告らに占有が移転した後楓が土地の全面に植林されるに及んで完全に農地性を失ったものというべきである。

2  ところで、このように本件土地が非農地化したのは、〈1〉彦一が金の入り用から本件土地を非農地として換金し、農地法の許可がないのにこれを山本に引き渡して耕作を放棄したこと、〈2〉山本が引渡しを受けた後これを農地として維持する処置を全く取らずに放置したこと、〈3〉被告らが楓を植林したことの、三者の行為が競合したことによるものである。

この三者の行為を比較対照してみると、そもそも本件土地の非農地化は彦一の行為に起因するものであり、かつ同人が自創法により本件土地の売渡しを受けた者であり、また農業経営者として農地法の趣旨を最もよく知るべき立場の者であることからして、本件土地の非農地化は同人に最も多く帰責されるものというべきである。

これに対し、被告らは事実行為としては本件土地に楓を植林し、本件土地の非農地化を決定的にしたということができる。しかし、被告らは彦一・山本間のそもそもの取引経過を知らない第三者であり、耕作されていない野原の状態を呈していた本件土地の現状を前提として、やがて宅地になるという地元不動産業者の言を信用して取引関係に入った者らであるから、本件土地の非農地化については、帰責事由が最も少ないということができる。

結局、以上を前提にすると、本件では、彦一及びその相続人である原告は、非農地化した本件土地について農地法の許可のないことを理由に、山本・被告らへの所有権移転の効力を否定することができないというべきである。

3  なお、本件土地は都市計画法の市街化調整区域内にあるが、本件土地の所有権移転の効果は本件土地一帯が同区域に指定された昭和四五年よりも前に生じており、かつ本件土地の非農地化は、同法が規制の対象とする土地の市街化や形質変更とは関係がないから、この点は本件の結論に影響を与えない。

4  以上によれば、本件土地については、昭和四二年頃に非農地化したことにより、彦一から山本へ、そして山本から被告らへの所有権の移転の効力が生じたものというべきである。

三  したがって、原告の本訴請求は理由がなく、反対に被告らの反訴請求は理由がある。

(裁判官 岩田好二)

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